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金融経済コラム
NRIグループの研究成果を発信します
(2008年7月14日作成)
No.1 インフレへの唯一の対抗策は世界的な財政出動
‐足元の物価上昇はスタグフレーションの再来か?
 原油価格や穀物価格の高騰を発端として、インフレや“スタグフレーション”懸念が世界的に大きな問題となっている。しかし、今起きている現象をよく見ると、1970年代のスタグフレーションと今回の状況は、根本的に違うところが二つある。一つは、70年代のインフレは供給が人為的に抑えられたところから始まったという点であり、二つ目は、当時は民間に大変強い資金需要があったという点である。

 まず、70年代の原油価格の上昇については、1973年のアラブ・イスラエル戦争を契機として、アラブの産油国が、イスラエルに味方している米国とその同盟国への石油輸出を大幅に抑えたところから始まった。

 この時、石油価格は約4倍に跳ね上がったが、このような供給側の制約に基づく価格上昇は、輸入している側に物価高と所得流出を同時にもたらすので、当然景気は悪くなる。これが当時のスタグフレーションと言われた事態である。

 しかし今回は、政治的理由で極端に供給が逼迫していた1970年代とは違って、中国やインドをはじめとする新興国の旺盛な需要とそれに伴う仮需が価格を押し上げている面がある。

急騰する原油価格:WTI期近物の推移
急騰する原油価格:WTI期近物の推移
 このなかで、実需増による石油価格の上昇は、先進国、特に米国のように燃料効率が極めて悪い国にとっては痛手となっても、世界的に見れば、必ずしも景気の悪化要因とは言えない。

 その一方で、仮需(=投機)による価格上昇はインフレとともに、産油国への所得流出で輸入国の景気悪化を招く。昨年後半以降の急激な原油価格の高騰はあまりに異常で、新興国の需要増だけではとても説明がつかず、これにはかなり仮需・投機が入っていると思われる。そしてこの部分は、明らかに、世界経済にとってマイナスである。
‐70年代のスタグフレーションは中央銀行の政策ミスも一因だった
 また2点目の資金需要に関しても、1970年代はまだ、日米欧の企業に旺盛な資金需要があった。当時の日銀やFRBは、そのような旺盛な民間資金需要があるところに資金を供給していったので、大きな信用創造が一気に生み出され、そこからインフレが加速していった。

 この状況は、狂乱物価と言われた1970年代前半の日本や、マネーサプライが二桁で伸びていた1970年代後半の米国で顕著に見られた。つまり、この当時のインフレは石油価格の上昇だけが原因ではなく、当時の日米の中央銀行の対応ミスも一因となっていたのである。

 ところが、今回の民間資金需要は日米欧とも大変弱い。日本は1990年のバブル崩壊によってバランスシート不況に突入してから足元まで、全くと言って良いほど民間資金需要は無くなってしまったし、米独は2000年のITバブル崩壊以降、同様の事態に陥っている。その結果、日本では10数年も金利がゼロ近辺で推移しているし、欧米もこの間に、歴史的な低金利を経験している。

 また米国では、ITバブル崩壊以降、あまりにも民間資金需要が低迷してしまった。結果、それに我慢出来なくなったウォール街の資金運用者達が手を出したのが、通常より高い金利がついているサブプライムの住宅ローン商品だった。
‐民間資金需要がない時には金融緩和の効果はない
 この民間資金需要が弱いということは、別の言い方をすれば、中央銀行がいくら金融緩和をして資金をつぎ込んでも、その資金は銀行システムの外へ出られないことを意味する。

 実際、2001年から始まった日銀の量的緩和政策では、当時のマネーサプライを維持するのに必要な法定準備金約5兆円の5〜6倍にあたる25〜30兆円の銀行準備が投入されたが、この資金は、借り手不在のなかで銀行システムの外へは出られず、物価も景気もマネーサプライもそれに全く反応しなかった。

 FRBは、昨年9月から半年余りの間にFFレートを合計3.25%も利下げしてきたが、民間資金需要が極端に弱い現状では、中央銀行がいくら資金を供給しても、インフレや景気の過熱を引き起こす可能性は極めて低い。それどころか、インフレで最も価格が上昇する不動産は、米国を中心に世界各国で下がっている。

 また、サブプライム問題の勃発後に立て続けに実行された中央銀行の巨額の資金投入は、欧米の金融機関間での相互不信によるインターバンク市場の崩壊を避けるためである。従って、この種の資金投入が、インフレの拡大要因になる可能性も低い。

 こうして見ると、各国中央銀行による巨額の資金投入やFRBの利下げと、昨今のインフレや“スタグフレーション”懸念を結びつけることは間違いだということになる。
‐民間の余剰資金が引き起こした商品バブル
 そして、今懸念されている“スタグフレーション”的状況の背景には、何よりも、米国の住宅バブルの崩壊やサブプライム問題を発端とした景気減速がある。これは総需要を減少させる方向に働くので、インフレではなくむしろデフレ要因である。

 つまり、今の世界的な“スタグフレーション”的状況は、表面的には1970年代と確かに似ているが、実際には、石油・穀物価格の高騰とサブプライム問題による景気減速という、全く別の二つの事象が偶然重なって起きたと考えるべきだろう。

 それでは、今回は何がインフレの原因なのか。それは、各国の民間企業がお金を借りなくなったことで発生した民間の過剰貯蓄である。もう少し分かりやすく言えば、各国の民間企業が借りなくなったことで投資先を失った我々の年金であり、貯金なのである。

 この種のカネは、日本の1990年のバブル崩壊と米独における2000年のITバブル崩壊で行き場を失い、当初はサブプライム関連の金融商品や住宅などに向かったが、この市場が崩壊した後は一気に、原油をはじめとする国際商品市場に向かった。

 すると、原油や小麦・大豆などの商品市場は、投資資金が一斉に入ってきたので価格が急騰し、それを見た投資家が更に資金を投入して一段と価格が上昇するというバブル現象が起こり始めたのである。つまり、米国の住宅・サブプライムバブルの崩壊が、国際商品価格インフレの直接的な原因ということになる。

インフレを引き起こす商品市況
インフレを引き起こす商品市況

‐新しいインフレに見舞われる世界経済
 以前から産油国の人達は、今の原油価格は需給要因では説明できないと強調していたが、このような行き場を失った投資資金が、商品価格を介して世界にインフレをもたらすという構図は、これまで人類があまり経験したことのない全く新しいタイプのインフレである。

 経済学の教科書を紐解くと、インフレは金融現象であると書いてあるが、その場合は、物価が全般的に上昇するはずである。ところが今回は、様々な商品価格だけがまず急騰し、そこからコスト・プッシュ・インフレが各国に広がるという過去に例がないインフレになっている。このようなパターンは、投資資金が商品価格を集中的に買い上げていかなければ発生しない。

 そのため、今のインフレを金融現象だと(間違った)解釈をして金融引き締めで対応しようとしても、民間の資金需要がないため長期金利は上がらず、結果として、次から次へとミニバブルが発生するモグラたたきのような状況になってしまうだろう。

 ここで発生した商品価格のバブルもいつかは必ず崩壊し、そのときは、そこに投資していた人達の資産が激減することになる。しかしそれまでは、このバブルが世界中で引き起こす混乱は、発展途上国を中心にかなりひどいものになる可能性がある。
‐商品バブルによるインフレには財政政策による余剰資金の吸収が必要
 このように、行き場を失った投資資金が商品価格の急騰を介して、世界経済と人々の生活を不安定にしているとしたら、各国当局もこの種の投資活動を放置しておくわけには行かなくなる。

 ただ実際に、当局に何が出来るかは大いに議論のあるところで、今月開催された洞爺湖サミットでも有効な打開策は示されなかった。仮に、一部の商品市場への資金流入を規制したとしても、資金は他の商品市場に逃げるだけであり、その効果は限定的なものになってしまうからだ。

 しかし、これまで見てきたように、インフレの原因が民間の資金需要不足というマクロ経済にあるとしたら、政府が財政政策を使って民間の余剰資金を吸収していけば、この状況を打開できるはずだ。

 例えば、政府が投資減税を打ち出して民間企業の資金需要を喚起すれば、投資資金に本来の伝統的な行き場を与えてやることが出来るだろう。また、そのような資金需要が民間から出てくるように、政府が研究開発を援助することや、自ら新技術の開発に携わるということも考えられる。
‐問題解決に不可欠な世界レベルでの財政出動
 しかも、このような対策は、民間の貯蓄が過剰となっている多くの国々で実施しなければ効果は薄い。その意味では、IMFやOECDなどの国際機関でこのような問題が討議されるべきなのかもしれない。

 実際、今年4月に行われたIMF総会では、パドア・スキオッパ、イタリア経済財務相(当時)がサブプライム関連の問題は世界経済が抱える問題の一つに過ぎないと発言していたが、もしも同相が懸念を表明した食品価格の上昇とサブプライム問題が実は同根、つまり先進国における民間資金需要の減少が原因であるとすれば、この資金需要不足を解消することがIMFを含む各国当局の最優先課題となる。

 また、同総会では、ストロスカーン専務理事が1月26日のダボス会議と同様に、世界各国が積極財政に打って出るべきだと発言したが、この処方箋はまさに前述の解決策と一致する。

 同専務理事が積極財政を言い出したのは、金融政策だけに頼ってもサブプライム問題の解決は進まないからということだった。しかし、日米欧で行き場を失った民間投資資金が、商品価格の急騰を介して世界中で億人単位の人々の生活を脅かすようになっている現状は、各国の金融政策だけで対応できるものではない。この問題の解消には、まさにIMFのストロスカーン専務理事が言うように、世界規模での財政出動が必要なのである。

このコラムは執筆者個人の見解によるものであり、野村総合研究所の意見を代表するものではありません。
執筆者情報
監修: リチャード・クー 研究創発センター 主席研究員
執筆: 佐々木 雅也 研究創発センター 副主任エコノミスト
 
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