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この人にインタビュー
NRIグループの研究成果を発信します
(2005年1月掲載)
主席研究員 リチャード・クー 【プロフィール
バランスシート不況と「合成の誤謬」

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リチャード・クー
‐これまでの業務の中で、特に印象に残っている仕事、あるいは出来事は何ですか? また、それを選んだ理由を教えてください。
政策提言の仕事が印象に残っています。
それは、竹村健一さんのTV番組だったんですが、乱脈経営で二信組が潰れた問題を取り上げたことがあったんです。当時のマスコミは、とんでもないということで、そんなものに都や政府が金を出すべきじゃないという論評になっていました。そのような時に、私が竹村健一さんの番組に呼ばれたんです。

私の前にトップクラスの政治家や企業経営者の方々が7人くらい並んでいらして、竹村さんが納税者の立場から質問していくわけです。
「この問題に対して金を出すべきだと考えますか?」と。
すると、全員が次々に「出すべきでない」と答えるんです。

私が一番若かったので、最後に私の番になったんです。その時、どうしようかと思いました。
日本を代表するような人達がとんでもない、ダメだと言っているわけですから。

私はコンチネンタルイリノイ銀行(1984年に潰れたアメリカの大手銀行。当時は大口預金者から問題が発生した)を例に、大口預金者から問題が発生するような状況を放置したら、金融システムは全部おかしくなる、だから公的資金で大口預金者をちゃんと面倒みるべきだと言った。
あの時は心臓が破裂するくらい緊張しました。
これを言ったら、もう会社に戻れないんじゃないか。
国外追放になるんじゃないかと思うくらい、あの時は緊張しました。
当時はまだ40才になっていないくらいで、他の方は60才くらいの大御所ばかりでしたから。

しかし、それを言ったら竹村さんが、「そうだ」と言ってくれたんです。そうしたら、そこから流れが変わった。
1人を除いて全員が次々と賛成してくれたんです。
あの時は、「ああ、言ってよかったなぁ」と思いました。
誰か1人が言ってくれればいいんですが、7人全員が反対だったもんですから。

あの時の緊張は今でも忘れないですね。二信組問題があれ以上大きくならなかったのは、このTV番組がきっかけだったと思います。

‐日本の景気もようやく明るさが見えてきましたが、現在取り組んでいる研究課題『バランスシート不況の理論と現実』について、今後の景気見通しにも触れつつ、理論の特色と実際の景気動向についてお話し下さい
「バランスシート不況」とは私が言い始めたことで、今までそういう考え方はありませんでした。
今までの経済学の基本は、企業は利益の最大化を目指して活動するということで、大学でもそう教えています。
しかし、この十数年間の日本や、最近のドイツやアメリカで見られる現象は利益の最大化ではなく、債務の最小化ですね。でも、債務の最小化を前提としたマクロ経済理論は、ミクロの理論もそうですが、ないんです。
そんなことあり得ないということになっているわけですから。
だからそこはゼロから作り始めたわけです。

なぜ債務の最小化があり得るかというと、だいたいバランスシート不況になる前には、大きな資産価格の下落があるんです。バブルの時は皆さん借金してでもどんどんものを買いましたが、バブルが崩壊すると借金を残したまま資産価格が下がり、多くの企業が債務超過のような状況になってしまうわけです。
でも本業がしっかりしていれば、本業のキャッシュフローで借金返済ができるんですね。
そういう行動を、個々の企業が取り始める。
キャッシュフローで痛んだバランスシートを修復しようとすることは正しいのですが、全員が同時に同じことをすると全く別のことが起きてくる。
これが「合成の誤謬」と呼ばれる現象で、どんどん景気が悪化してしまうんです。

一国の経済というのは、家計が貯金して、それを企業が借りて使うということで円滑に回るわけです。
その真ん中に証券会社とか銀行があって、仲介業務をするんですね。企業が一斉に借金返済にまわったら、家計の貯金はまったく使われない訳です。
そうすると企業の借金返済と家計の貯蓄を合わせた額が銀行に入ってきて、二度と出ていかないということになります。これがデフレギャップです。
少なく見積もっても35兆円から40兆円あります。
ということは、誰かがこれを使わないと経済はどんどんシュリンクしちゃうわけで、それを私はバランスシート不況と呼んだわけです。

今の日本企業は、すでに十数年間借金返済を続けて、かなり有利子負債残高が落ちています。ただ、資産価値の下落があまりにも大きかったので、もう少し借金返済をしないと安心できないというのが今の状況だと思います。
ともかく「合成の誤謬」の中で、政府は民間に対して借金返済をやめろとは言えないわけです。
でもほっておいたら、それこそ大恐慌になってしまう。
こういう時には政府は民間と逆の行動をとらないといけないわけで、35兆円から40兆円を政府が借りて使う、そうすると全てが回るわけです。
これを私はずっと言い続けてきた訳で、このバランスシート不況に限って、財政出動は不可欠であるというのがこの理論です。

今後の景気見通しという点でいえば、まだ企業の借金返済はGDPの6%、30兆円規模で続いていますから、しばらくは財政支出を続けなくてはいけない。
しかし、もう1〜2年もすれば、多くの企業が借金返済を終えるでしょう。一部の企業では、もう去年の4月から終わっているんです。

企業が再びお金を借りるようになれば、また金融政策が効き始めます。
そうなってくれば次は財政再建という話になってくるんだろうと思います。
でも今はまだそういう時期じゃないし、実際にそうなってから財政再建の話をすべきです。
最近消費税をあげようという話も一部に出てきていますが、血液の逆流が止まるのをまず確認してから消費税を上げるべきであって、まだそうなるかどうか本当にわからないのに、今から日程を決めようというのは危険だと思いますね。

バランスシートがきれいになったら企業がすぐにお金を借りるかと言うと、残念ながらそうではないでしょう。
一度バランスシートの問題で苦労した経営者は、いやな思いをした後遺症から、しばらくは借金拒絶症のような状況に陥るでしょう。
従って景気はまあまあ良い方向に向かうんですがなかなか本調子にはならない。
金利も、企業がお金を借りないものですから、GDPの数字が示唆する程には上がらず、今後も低金利が続くということでしょう。
本当にすべてが元の世界に戻るのはかなり先だと思います。

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